NO COFFEE. NO CREATION. 群馬コーヒー事件

 

コーヒーは心の昂揚を促す作用と沈静を促す作用の2つの成分を持つと言われています。 そんな相反するコーヒーの力に助けられ、時に巧みに利用しながら 人は様々な素晴らしいアートや文学を創り出してきました。 「コーヒーがなければ、こんなアートは生まれなかったに違いない。」 コーヒーを愛しカフェテリアを愛したアーティストたちのお話です。

 

【「旧軍の隠し財産」が巻き起こした珍事件】 禁酒法時代のアメリカで酒の取引がマフィアの抗争を生んだように、「喉から手が出るほど欲しい」一品が思わぬ事件を巻き起こすこともあります。 今回は少し趣向を変えて、戦後日本の一大スキャンダル、「群馬コーヒー事件」をご紹介します。 時は第二次世界大戦直後、ささいなきっかけから、旧日本軍の隠し財産が大量に発見されます。隠し財産とはいっても、お金ではありません。金銀や宝石でも、米でもなく、なんとコーヒー豆です。 というのも、戦況の悪化で輸入禁止となった1938年から輸入が解禁される1950年までの12年間、一度は定番の飲み物になったコーヒーも大変高級なものになっていたのです。 どうして日本軍が大量の豆を確保していたのか、詳しいことは分かっていません。「兵器と交換で手に入れたもの」「同盟国への贈り物として用意していたもの」など、さまざまな説が存在します。 コーヒー豆は大阪、兵庫、長野など各地で発見されました。その数、合わせて200トン以上とも言われ、判断をゆだねられた自治体は対応に追われます。 なにしろ貴重なコーヒーが手に入るチャンス。コーヒー業者は我先にと払い下げの依頼をしました。

 

そんな中、「群馬県には隠しコーヒーが大量にあるらしい」と、噂が囁かれるようになります。実際、群馬県が発見した93トンものコーヒーは、紆余曲折を経て一部が市中に流通していたのです。折しも1947年のカスリーン台風により甚大な被害を被っていた群馬県では、噂を聞きつけて払い下げの陳情をしてきた業者に対し、見返りとして「物資や寄付を条件」とするようになります。 しかし翌1948年ごろから、「このコーヒーの払い下げについて不当な要求があった」と新聞で報じられるようになりました。騒ぎは全国に広がり、ついには当時の群馬県知事の起訴、辞職にまで発展しました。 スキャンダルの渦中となったコーヒー豆は世の中の注目を集め、入札の日にはなんと50を超える業者が集まったそうです。 また幸運にもその豆を手に入れたとある喫茶店では、味の良いその豆が「幻のコーヒー」と呼ばれ、後々まで語り草になったといわれています。 発見以来長い歴史を持つコーヒーの歴史には、時折こんな負の側面も見え隠れします。 しかしそんな歴史も紐解いてみると、気兼ねなく楽しめる今日の一杯が輝いて見えるようになるかもしれません。

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