メールマガジン2026/OCTOBER
- コーヒーボーイ メンバーズの皆様へ
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今月はコーヒーエッセイ「NO COFFEE. NO CREATION.」。
ジャズ界の名トランペッター「マイルス・デイヴィス」のアルバムについてのお話です。
- 10月のおすすめ豆
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10月にご紹介するビーンズは、「グアテマラ アンティグア」です。 ラテンアメリカを代表する高級豆グアテマラ産の中でも歴史の街アンティグア近郊で栽培される豆は最も安定性があり、鮮やかな酸味とコクを有すると言われます。 一般的にグアテマラコーヒーと言えば、オレンジを彷彿とさせるフルーティーさと透明感のある甘さを感じる上品でエレガントな印象のコーヒーですが、コーヒーボーイでは焙煎時にフルシティローストまで煎りあげることで豊かなコクとスパイシーさを加えています。 全体がカラメルのように透き通って甘いBODY感を持ち、その中にビターオレンジのようなフルーティーさが現れ、最後の余韻によく焼いたカカオのようなスパイシーさがまとめる。 そんなテイストを感じていただけるコーヒーです。 〈グアテマラ アンティグア〉 プロダクトナンバー:No.676 生産国:6 中米・グアテマラ 焙煎度:7 フルシティロースト/しっかりとしたボディ感と複雑な味わいが表れる焙煎 濃厚感:6 丸みのある 精製方法 :ウォッシュド プロダクトナンバーとは? コーヒーボーイでは豆の特性を3ケタの数字で表しています。 お気に入りの豆のナンバーをチェックすると、あなたのお好みがわかりますよ! 100のケタは原産国を表しています。 10のケタは焙煎の深さを表しています。 1のケタは濃厚感の強さを表しています。 >プロダクトナンバーの詳細はこちらから
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- 今月のトピックス:
NO COFFEE. NO CREATION
/マイルス・デイヴィスの「キリマンジャロ」 -

JAZZとコーヒー、と言えば、詳しくなくても何となく近しいような気がしてしまうのは,「ジャズ喫茶」文化の盛んだった日本だからでしょうか。 実際にコーヒーを愛飲していたジャズメンも多く、コーヒーにまつわるスタンダード曲も存在しますが…その中でも今回はちょっと意外な接点を持つ、マイルス・デイヴィスのアルバムについてのお話です。 マイルスと言えば言わずと知れた名トランペッターですが、彼の陰にはいつも、一人の友人の支えがありました。名前はバディ・ジスト。以外なことに、ミュージシャンではありません。 ジストは1925年生まれ、ノースカロライナ州のグリーンズボロ出身で、1949年にニューヨークへ移った後は自動車販売などで成功した実業家でした。社交的で顔が広く、ジャズ界隈にも多くの友人を持っていましたが、中でもマイルスとは転居直後の49年、ニューヨークの名門ジャズクラブ、バードランドでの出会いをきっかけに、生涯にわたる友情を築きます。 そんなジストが手がけたのが、コーヒー事業でした。彼は(資料によって会社名やコーヒーの産地について細かな記述には違いがありますが)、「Mt.Kilimanjaro Coffee Company」「Mt. Kenya Coffee Company」といった会社を立ち上げ、アフリカ産コーヒーの輸入に乗り出します。そして、こうした会社の後継として生まれた「African Blend Gourmet Coffee Company」には、マイルス本人が出資をしていた記録が残っているのです。 二人の友情は、単なる社交やビジネスを超えたところにあったと思われます。ジストの両親はジム・クロウ法時代に黒人客を受け入れ、「グリーンブック」にも記載された記念碑的宿泊施設「マグノリア・ハウス」の経営者でした。 音楽シーン以外ではメジャーリーガーのジャッキー・ロビンソンや政治運動家マルコムXらとも交流するなど、彼は当時のアフリカ系アメリカ人社会を、陰でつなぎ支える存在でもありました。 私生活においても、マイルスのツアー巡業中、ジストが子どもの面倒を見たり、定期的にマイルスのトランペットのメンテナンスをしたりと、深いつながりを思わせるエピソードが残っています。
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ジストによってUNCG(ノースカロライナ州グリーンボロ大学)に寄贈されたマイルス・デイビスのトランペット そして1968年。マイルスは録音した新しいアルバムに『Filles de Kilimanjaro』と名付けます。 『キリマンジャロの娘』と邦題されるこのアルバム名は、ジストのコーヒー会社「Kilimanjaro African Coffee」に由来すると言われています。 マイルスは後の代表作のひとつに、友人が始めたコーヒー事業の名前を吹き込んだわけです。 一杯のコーヒーに着想を得た作品は数あれど、ひとつのコーヒー事業を丸々タイトルにした作品は、この一枚をのぞいてちょっと思いつきません。 『Filles de Kilimanjaro』は、マイルスにとっても変革期の作品でした。 1968年の録音は、ハービー・ハンコック、ロン・カーターら2ndクインテットから、チック・コリアやデイヴ・ホランドらへとメンバーが変わり、アコースティック・ジャズから後のエレクトリック期へと向かう、その境目に位置するアルバムです。 自身のスタイルを模索していたマイルスは、ジストのコーヒー事業や遠く海を越えたアフリカに何かを見つけたのかもしれません。
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